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座禅会デビュー [事始め]

今日はお茶のお稽古もお休み
そこで友人がネットで検索何度か足を運んで座禅をした事があるお寺、茗荷谷にある”林泉寺”にて参禅

茗荷谷の駅からは2分位ととても近く古いお寺を想像していったのですが入口をみて公園のようで驚きました。階段を上がって行くとお墓がありちょっと不気味

やはり神社仏閣ブームの影響か初心者だけで20人以上の人がおりました。
その中に外国人の方もいて・・・
金額:¥500
月曜朝6:00~と水曜夜7:00~に分れ、初座禅者と経験者とで2つのメニューになっておりました。
初座禅者は
7:00~和尚さんの説法
(禅宗概要、座禅のマナー・ルール・座り方・心構え、日常への活用方法・・・)
実技座禅
8:30~読経
8:50~茶礼にて終了

座禅の挨拶、座り方を教えていただいたのですが、それから足を組んだまま・・・お坊さんの有難いお話しを聞くことになる。だいたい50分程度・・・お坊さんのお話しの途中睡魔との戦いで足が痛いなんて考えることもなく終了
私は和尚さんの横だったので、和尚さんが日焼けしている、そして、腕が・・・毛深いなどと余計な事が目に付き、目が釘付けになってしまうのです。(バチあたり!)
最初は無理せず楽な姿勢から始めた方がいいと悟りました
和尚さんのお話しの間も座禅のポーズをやっていたのに、
実践の時間がありましたが、今回は人数が多いので座禅の時間は五分程でお経を読みます。
茶礼でお茶が振舞われるのですが、トックリにほんの1口程度私だけかなぁと当たりを見回すと皆少量飲み終わると軽い会が行われました。

和尚さんのお話しはとてもタメになる話しが多いのですが眠くて忘れてしまう。永平寺では食べ物のゴミは殆どでない。現在の日本人のゴミの量は異常である。座禅は”無”になるなどというけれど、思考があるので色々な事を考えてあたりまえ。等と・・・
悩みが解消されるわけではないけれど、思考にはプラス思考、マイナス思考がある
マイナス思考になると自殺を考える、他者を罰したくなる等の影響もある。
それは思考能力が備わっているからであり、何も考えずに過ごす時間を作ることも必要なのではないかな


産土神社リサーチの申し込み [事始め]

怖いなぁ・・・
と、思いつつ、親友のFちゃんのお勧めで神社のリサーチをしてもらう決意をしました。

今日友達から電話番号を教えてもらい電話をかけました。
友達の話だと3ヶ月先まで予約がとの事でしたが、
私は元来悪運には恵まれて、
この時も「ちょうどキャンセルが入りましたので、この日はどうでしょうか?」と勧められたのが
9月23日休日だからラッキー!と予約をいれました。
取り合えず友達に報告したら、リサーチする前に本を読んでみて!
と、いうことで渋谷の紀伊国屋書店に行ったら本が無くて注文との事・・・
ちょっと恥ずかしくて、メモに著書を書いて
私「あの・・・この本を取り寄せていただきたいのですが・・・」といって店員さんにメモを渡し
店員「”決定版神社開運法”山田雅晴さんで間違えはありませんね」 
私「・・・」
店員「”決定版神社開運法”があるかお探してみますので少々お待ちください」
私「・・・」
店員「申し訳ございません”決定版神社開運法”は在庫ございませんので注文になります。」
私「お願いします」
店員「”決定版神社開運法”が参りましたらご連絡いたします・・・」
と何度となく、”決定版神社開運法”の名前を口にしていました。
私はこんなに恥ずかしい・・・それも宗教系っぽい本は余り買いたくなかった。
まぁいいか!


研究会で [事始め]

なんと3週間前に先生から研究会に出るようにいわれた。
あた!
それも2週しか練習できないではないか!
それも研究会初参加!初舞台じゃあ可哀想じゃない私・・・
しかしやってしもた!

他のお手前は見ていないのでなんともいえませんが、
いちきは・・・
「貴人清次(薄)」をやりました。

お軸:寂然不動 鵬雲斎家元
香合:織部「はじき」 加藤丈桂作
お香:彩雲 松栄堂
花入:高取 (しらたま&てりは)
煙草盆:結び文箱 ユウ妙斎箱
火入れ:絵唐津
薄器:菊つくし大棗 前畑雅峰作
茶杓:村時雨 家元参禅の師 五島瑞厳老師
茶碗:飛青磁 加藤丈桂作
替:安加比古窯 加藤晃楽作j 両窓庵 大木雪斉箱
蓋置:織部八卦 日吉窯
菓子器:一閑 四方盆 駒沢徹作
お菓子:菊 鶴屋八幡製

失敗した箇所が何箇所もあるが・・・一番大きな失敗は、
村しぐれを・・・村八分といってしまったことでしょうか。


お茶会 [事始め]

白梅会という会でした
日時:2001年12月15日 場所:茶道会館「山里」
私の先生がお釜をかけ、初お手伝いをしました。
皆初めてでどうしたらよいのかわからず、モタモタしましたが大変楽しく過ごすことが出来ました。
12月は赤穂浪士四十七士の討ち入りの月なので、討ち入りにちなんだお道具が多かった
着物はウーちゃんの黄み色の無地

お手伝いとかやりたいなぁ


お茶と出会う (再デビュー) [事始め]

辞めてしまうと復活するのに時間と勇気がいるものなんです。
でも、離れると「茶道」に結びつく事が多く、日本の文化の素晴らしさを目の当りにすることが多いの。
精神心理学と茶道って密接な関係があると思う瞬間も・・・たとえばお茶室の畳の半畳の距離、人との距離で一番落ち着ける距離。呼吸の間のようなもの・・・

どうも茶道が好きみたい。

同じところに通うのは勇気がいるからと、先生も探したし、友人の先生もと紹介していただいた。

でも私の性格上、奥歯にものの挟まった言い方や、曖昧な表現で教える先生は苦手。
私にとって致命的なのは
どんな瞬間でも教えてくれた先生が私の肩っていうかバックにいること。
友達の先生のところに見学に行っても、素晴らしい熱心な先生で習いたいと思っていても、私には今まで教えてくれていた先生に「恥をかかせてはいけない」「ちゃんとやらねば」と、いう気持ちが常にある。
どの先生のところにも行く事ができませんでした。

辞めたいと思ったときに青年部を勧めてくれ、色々と配慮いただいていた先生達がいたのに、辞めてしまった背徳心があり、なかなか元の先生のところに戻る勇気がなかった。

ここでも又・・・Y先輩が私の復活をすんなりできるように配慮してくれて戻ることができました。
こうして再復活したのが2001年7月でした。


お茶と出会う (青年部) [事始め]

最初は見るもの始めてで面白かったお茶のお稽古。
許状は2年に1度の申請で、金銭的には助かりましたがお稽古の順番を覚えてしまい、何年か過ぎると同じ事の繰り返しで、少々飽きてきてしまいました。

辞めようかなァと思っていたところ・・・先生から教室初の青年部幹事を仰せつかりました。
(今思うと先生は私の状態を見ぬいていたんでしょう、恐るべし!)

青年部というと、毎年お金は納めていたものの「お茶碗作り」だけ参加していた程度の知識しかありませんでした。
青年部で他のお教室の方達との出会いはとても新鮮。
私達20代前半から50代の方達まで幅が広く茶暦も違います。
教室で「お手前の順番さえ覚えれば」と思っていた私。
うぬぼれもいいところで、お茶の方達は色々とご存知の事も多く、自分がどれだけ未熟かを痛感し、本当に目からウロコって感じでした。

この時に茶道の奥深さを痛感して、俄然やる気がでてきました。
毎年恒例の「お茶碗作り」、「お菓子作り」「練り香作り」「歌舞伎や文楽鑑賞」「懐石料理」「宗家訪問」「七福神めぐり」など・・・
自分達で企画運営して参加することで多くを学んだと思います。
色々な行事が実はあって、教室の方たちにアナウンスしていないことも多かったのだとわかりました。

それに恐ろしいことに「青年講習会」の選考に受かってしまい京都の裏千家で勉強もさせていただきました。
京都で業躰先生の指導をしていただけるチャンスなのです。
お家元も朝礼でお言葉をいただくんですよー
他府県で習っている人との交流で、またまた刺激!

その頃公私共に忙しくなってきていました。
仕事でも連日深夜・・・青年部の頻繁に行われる会合、大学にも通っていて、彼とのデートもあります。
お茶のお稽古よりも青年部に出席する回数が増えて、先生が青年部の部長に
「お稽古が主で青年部は副。お稽古に出ないのに青年部だけ出席しないで、お稽古にでるように」と言われたようです。
そこ頃「お茶碗作り」の取りまとめ役をやっていたのですが、祖父が他界し副部長にお断りの相談したところ、「お通夜はお線香を絶やすことができないから、調度いいじゃない」とか言われ、日ごとの集計をしたりしていて、祖父の亡くなった喪失感やその他にも色々とあって、何もかも嫌になってきてしまいました。
それに月謝も高い!
お教室でも先輩が煩いし、青年部の仕事も面倒
それで一旦お稽古をお休みしました。

ウツだったんですね・・・


お茶との出会い (事始) [事始め]

人それぞれだと思いますが私がお茶を始めたきっかけ・・・

女の園といわれ・・・中学から女子高に通っていた私。
実は学年で1,2を争う優秀な友達がいたためか、先生方から期待をされて非行などの心配のない生徒と思われていました。

部活動を選ぶ時に仲のよい友達3人と相談して茶道部を選びました。
もちろん!
お菓子
お茶のお稽古は適当に帰りにお茶をしたりする事が目的でした。

高校時代2年生の時に学校で夏休みを利用してイギリスに短期留学(っていったら大袈裟だけど)しました。
その時に現地の人は自国のお国自慢や歴史など・・・同世代の人も語れるのに対して、私達は日本人として、日本の伝統文化の事を聞かれることが多かった。
ある意味海外に行く事って、観光にしても留学にしても、日本人を代表して行っているわけですよね。
自覚が足りなかった・・・
日本人として文化を説明できない自分が恥ずかしく思いました。
外国人は同年代でも自国の伝統文化、気質について述べられるのに・・・
何をやっているのだろう私・・・

帰国して伝統文化で、華道・香道・・・いろいろと考えていました。
茶道はその全てをモーラして学べるし、お菓子が食べられる♪
家族に相談したところ、大叔母も皆茶道をやっていて、祖父の薦めもあり茶道に決定。
流派も沢山あったけれど「これからは裏千家の時代だ」の祖父の一言で決定。
ちなみに大叔母は裏千家の老分の堀越 宗円先生という先生に習っていて、教室の方たちとおそろいの着物や帯、袱紗などを持っていて、大叔母が亡くなって家に帯など数点があります。
教室選びの条件は家とのアクセスがいいところと・・・
で、今のお教室に入門することになりました。


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